森の学校ラジオ

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2013年01月12日

ホットな心を伝えます

週刊もしもししんぶん 発行人、(有)多摩ネットワークセンター 専務取締役
長谷川豊子さん

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 長谷川さんのお話の舞台は、多摩ニュータウン。高度経済成長期、東京の急速な人口集中を受けて計画された、稲城市、多摩市、八王子市、町田市にまたがる、日本最大規模の住宅市街地です。物質的に充足されて便利になる、新しい時代の明るいイメージと、一転して、個別化して繋がりを失うコミュニティーの問題、一様な高齢化や建物の老朽化など、計画都市のネガティヴな一面を発現した、いわば、日本の現代を象徴する街のひとつと言えると思います。

 長谷川さんが多摩ニュータウンに入居したのは1982年とのこと。ちょうどその直後に、多摩ニュータウンは住宅地としての最盛期を越え、急速に活力を失って行きます。住民同士や地域の繋がりをつくる必要性を感じた長谷川さんは、お隣同士が仲良く暮らせるように「もしもし」と声を掛け合う気持ちで、フリーペーパー「もしもししんぶん」を創刊しました。1985年9月のことです。

 ノウハウもなく、資金も確実な計画もない中で、地域に感じた必要性を根拠に、家族だけで始めた事業です。創刊当時のお話を伺うと、本当に初めての、わからないことばかり。じつは、とてもわくわくするお話です。小さなキッチンの片隅に置いた机が編集部。お隣さんからお隣さんへポスティングされながら、創刊から10年で「もしもししんぶん」は10万部まで広がり、週刊化されて、今年は28年目を迎えています。

 「いつも『これから』という挑戦の心を持つこと」。
 長谷川さんの伝えたいことです。常に新しい目標や課題に向かって、失敗を恐れずに、まずは一歩を踏み出すこと。成功すれば大きな自信になり、失敗したときには、その原因が智慧に変わる。

 成功事例ばかりを求めていると、可能性無限大のわくわくはありません。確実な計画ばかりを重ねていると、なかなか動き出すことができません。
 コミュニティービジネスという概念もなかった時代、フリーペーパーの黎明期、志ひとつで、とにかく一歩を踏み出した長谷川さん。「歩き始めてから、周りの風景を楽しむように、周囲のニーズに応える方法を考えればいい」と、地域の歴史とともに工夫を重ね、現在も新しいわくわくに挑戦し続けていらっしゃいます。

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もしもしねっと
週刊もしもししんぶん編集部

多摩ネットワークセンター

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